(元)なまぽ太郎

生きるのって難しい、、、でも〇ぬのはヤダ

今日は人生で辛い日でした。

タイトル通りです。

 

上京して就活をする日々、中々採用されず

自分が不用品のような気持ちになりました。

 

ツライ時、、、こうして日記やブログに書くことによって

気持ちの整理がされると別のサイトでみたので、

この場をお借りしてアウトプットさせていただいております。

 

これは30代後半の不器用な私が今日、東京と言う町で見て、聞いて、

そして感じた絶望を文字にした話です。

 

さて、では今日と言う一日ですが、私は相変わらずIndeedを拝見して

求人をみていました。

 

仕事をしていない私は生活保護を辞めたので、何時までも仕事をしていないでいると

生活は出来ません。

 

だから求人を見つけては応募して履歴書をPDFで送ったり、証明写真を撮影して

履歴書を書いて準備したり、会社へ行き面接をして、思ってもないような事を

言ったりしてるわけですが、とりあえずヘコんでないで何かしなくっちゃ!

 

そんな気持ちで応募して面接の日程でスケジュールをうめ今日も過ごしていました。

 

それでも不安で、このまま仕事がみつからなかったら、、、

そんな考えが頭をよぎり、万が一の備えとして生活保護も考えて、、、

それでサイトを見ていたら、”リライフネット”という生活保護とかそういう

住居、仕事、家庭や会社、様々なお悩みの方へみたいな

NPO法人で~、、、ご相談ください というような感じのサイトが

直ぐ出て来て、藁にもすがるような思いでメッセージをしました。

 

直ぐに返事が返って来てそしてあれよあれよと面談のお約束をもらい

そして今日、指定の場所へ行きました。

 

それがものすごく、人生で一番、悲しみと怒りと屈辱を味わった瞬間でした。

 

場所は東京の新宿 そして歌舞伎町の近く そしてドトールコーヒー

3月13日の日曜日、休日、都会では土日は都内に人があんまりいないのですが

それでもエリアによっては人も沢山います。

 

それも歌舞伎町ですから沢山の人々がオシャレをしてそして華やかで

ネオンが光り、ホスト、キャバ嬢、高校生、大学生、サラリーマン

沢山の老若男女がひしめいている中、ドトールコーヒー前で待ち合わせ

そして来たのが、黒髪の前髪を分けたシュッとした男性で

イメージとしては中年の女性のおばさんとかそんなイメージでしたが

とりあえず、お互いに目が何回かあった後に「〇〇さんですか?」

「はい、そうです。」と言うような感じからはじめましての挨拶で

直ぐに店内、「コーヒーとかのまれますか?」「はい、、、、」

「アイスが良いですか?それともホット?」と言うような質問の後、

階段を下りて地下へ、多くの人がテーブルに座り、それぞれの会話で

盛り上がる中、ソファー側に相談員の男が座り、テーブルには飲みかけの

アイスコーヒーとタブレットにキーボードが付いた端末が

 

そして相談員の男は「ここでお待ちください」そう言ってコーヒーを

カウンターへ注文して僕の分のコーヒーをとりに行ってくれた

 

左には若い20代くらいの女子が二人で楽しそうに会話をし

右には若いカップルがいちゃいちゃと、そんな幸せな雰囲気の

両サイドの真ん中にはこれから生活保護の相談をする男が

30代後半 バツイチ ADHD 元生活保護 山奥暮らし、、、、、、

 

そしてしばらくしてすると相談員の方がコーヒーを持って現れた

 

そして左手には綺麗な婚約指輪が 結婚してるのか

良いな 幸せなんだろうなぁ そう考えざるを得ない中

 

相談員はソファー側へ座る そしてその相談員

20代後半か30代前半か そんな彼が挨拶をしながら

こう言う者ですと タブレットをこちら側に見せ

ふと目をやると タブレットの画面には名刺の画像が

なるほど最近は名刺もデジタルなんだなぁ、、、と

そして質問が始まる

 

「先ずはお名前をフルネームで」そして答える私

その後、「漢字はどう書きますか?」答える私

そしてそこから年齢、住所、仕事や所持金に貯金

そんな質問を受けた。

 

私は何をやっているのだろう?

 

こんな華やかな町、歌舞伎町の繁華街、時間は18時ごろ、これから

日曜だから、明日から仕事だが、それでも多くの人がカフェで話したり

周りを見渡せば皆、幸せそうに見える

 

そう見えるだけかもしれない、表向きでは幸せそうに装っていても

実際には色々な事情をみんな抱えているのは分かる

分かるが、客観的に自分を俯瞰で何度も見返したが

あの場にあのフロアにそしてあの時間にいたあの空間で

最もどん底だったのは自分だと言えよう

 

何故なら自分は冷静だったからだ 何故ならある程度、生活の余裕を

もって貯金をもって上京したからだ

 

そしてあの時、もし本当に追い込まれていたなら 周りを見る余裕もなく

目の前のヒカル婚約指輪をはめた 黒髪で前髪を左右に分けた

黒のチノパンに白いTシャツ 黒いジャケット 白いスニーカーに

テーブルにはアイスコーヒー タブレットにつけたキーボードをはじきながら

淡々と僕に質問し、個人情報を答える事も気にせず、すがるような

気持ちと目をして 彼の言われるがままに自分の親からもらった名前

年齢 住所 所持金 貯金 仕事 全部 何の疑いもなく答えていただろう

 

実はこのブログだから正直に言えるのですが、私は高校を卒業して

4年間も専門学校に行かせてもらったのですが、それのおかげで

大好きな絵を描くグラフィックデザイナーの仕事に就く事が出来ました。

 

ですが、若くて何も考えずに生きてきたのでその後は

行き当たりばったりな人生でした。

 

当然、こうやってホテル暮らしをしながら毎日、面接しては落ちてを繰り返しているような未来を分かっていたら、もう少しまともに考えて生きてきたのでしょう

 

グラフィックザイナーの仕事を辞めてからというもの水商売や飲食店、テレアポ

配達員、トラックドライバー、パチンコ店員、携帯販売など様々な仕事に就いては止め

就いては止めを繰り返してきました。

 

気が付けば30代後半、履歴書を書くたび、面接をするたびに自分の今までの考えなしの人生のつけに思い知らされます。

 

スマホを開いてニュースを見るとウクライナの事や、ちょうど3月なので3・11の

震災などのニュース記事があり、早11年、、、戦火の中、亡くなる人、

災害で亡くなった人とその家族、そんな事を思いながら、自分はまだマシだと言い聞かせ今日も生かされているんだと頭では思い生きて

 

でも、考えれば考える程、不思議でスマホから目を離すと新宿や新橋、街中を沢山の人々が楽しそうに会話をしながら歩くのを見て、孤独感を感じざるを得ません。

 

友達もいるけど、幼馴染や地元の友達らは家庭を持ち、長年働いた会社の仕事をただ

こなして日々の日常やこれから世の中で起こる事など考えることなく生きています。

 

僕にはそれがうらやましく、何時も電話しても自分の愚痴ばかりで

「〇〇は悩みとかないの?」って聞いても「別になんもないなぁ、、、毎日同じ事のくりかえしだね」って答える

 

こんな自分にも30年くらいの長い付き合いのトラックドライバーの幼馴染や、

専門学校時代の年に1回、連絡を取るような友達や、ジモティーっていうアプリで

知り合った山暮らししてた時にお世話になった久万高原の山奥でピザ屋をやっている

同じADHDの友達、そして東京でユーチューバーの仲間募集の際にジモティーで知り合った友達がいるが、皆、そこまで将来の事とか悲観的にとらえていないし

それぞれ結婚してたり、してなかったりではあるが、仕事をしていて

朝起きたら職場へ行き、与えられた業務をこなして生きている。

 

僕たちはそれだけなのか?

何気ない毎日を生きる それも幸せの一つと言えよう

幸せや人生の形は人それぞれなのだから、だがしかし僕は違うようだ

世界中をみて回りたい、歳をとったからと言って諦めて

同じ町で同じ家で、素朴に何て生きていたくない

 

素朴って表現があってるか分からないけど、僕の人生は僕が主役

あなたの人生もあなたが主役